大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成4年(ワ)1326号 判決

原告

寺川光念

被告

橋本元彦

ほか二名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金五九五八万五一二四円及びうち金五四五八万五一二四円に対する平成二年八月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金八八五七万六一九二円及びうち金八〇五七万六一九二円に対する平成二年八月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負つた原告が、被告橋本元彦(以下「被告元彦」という。)に対して民法七〇九条に基づき、被告橋本巌(以下「被告巌」という。)に対しては民法七一五条二項、自動車損害賠償保障法三条に基づき、被告有限会社橋本商店(以下「被告会社」という。)に対しては民法七一五条一項に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、弁護士費用を除く内金に対する本件事故発生の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

また、被告らの債務は、不真正連帯債務である。

二  争いのない事実

1  交通事故の発生

(一) 発生日時

平成二年八月六日午前九時五分ころ

(二) 発生場所

兵庫県三原郡南淡町沼島二二八一番地の一付近道路

(三) 争いのない範囲の事故態様

原告は、原動機付自転車(南淡町あ二六九五。以下「原告車両」という。)を運転し、右発生場所に向かつて、ほぼ南から北へ直進して進行していた。

他方、被告元彦は、軽四輪貨物自動車(以下「被告車両」という。)を運転し、原告車両からみて左側の路外から右発生場所の道路内に進入するように、被告車両を後退させて進行していた。

そして、被告車両の後部に原告車両が衝突し、原告及び原告車両は転倒した。

2  責任原因

被告元彦は、被告車両を後退して道路内に進入するに際し、その安全を確認すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失があるから、民法七〇九条により、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

また、被告元彦は、本件事故当時、被告会社の業務に従事中であつたから、被告会社は、民法七一五条一項により、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

被告巌は、被告会社に代わつて被告元彦の業務執行を監督する者であり、かつ、被告車両の運行供用者であつたから、民法七一五条二項、自動車損害賠償保障法三条により、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様及び過失相殺

2  原告に生じた損害額

四  争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張

1  被告ら

(一) 本件事故の発生場所は、原告車両からみて左方向に、道路が逆「く」の字型に曲がつている箇所であり、道路の左側は道路からみて下り斜面になつた船揚場部分である。

(二) 被告元彦は、右船揚場部分に停止していた被告車両を運転し、後退して右道路内に進入しようとしていた。そして、被告車両の後部が道路端から直角方向に約一メートルの地点に達したとき、原告車両と被告車両とが衝突した。

なお、被告車両の速度は、時速五キロメートルほどのきわめてゆっくりとしたものであつた。

(三) したがつて、原告車両は、逆「く」の字型に曲がつた道路に沿わないで、右船揚場部分を近道をするように直線に走行して、本件事故が発生したものである。さらに、右船揚場部分は道路からみて下り斜面であり、原動機付自転車である原告車両は、自然に左方向に向かつていたと考えられる。

また、原告車両は相当の速度で走行しており、原告は、事故直前、道路端の知人に頭を下げて会釈していたから、前方の注視が充分ではなかつた。

しかも、原告は、ヘルメツトをかぶつておらず、法衣を着用していたため、とっさの危険に対して足を地面につけて転倒を防御する等の動作をとることができず、このために原告の受傷の程度が大きくなつた。

(四) これらの事情によると、本件事故に対する原告の過失の程度は、被告元彦の過失の程度を上回るというべきである。

2  原告

(一) 原告車両と被告車両の衝突地点は、原告車両からみて道路内の左端の部分で、道路外の船揚場部分ではない。

(二) 原告は、原告車両を時速約一五キロメートルで運転し、道路左端を走行していた。

原告は、道路端の知人に頭を下げて会釈していたこともないし、道路左側の船揚部分を走行していたこともない。

(三) これに対し、被告元彦は、道路外から道路内に、後方の安全を全く確認することなく、被告車両を突如後退させて進入してきた。

これは、原告にとつては、到底予期することができないもので、被告元彦の行為は「暴挙」としか言いようがない。

(四) なお、原告の着用していた法衣は、原動機付自転車の運転には何の妨げにもならない。

また、原告は、本件事故当時、ヘルメツトを着用しておらず、この点は、唯一、原告の過失といえる。

しかし、後方の安全を全く確認しないままに被告車両を道路内に進入させようとした被告元彦の過失と対比すると、ヘルメツトを着用していなかつたという原告の過失の程度はきわめて軽微であるから、これをもつて、過失相殺をすべきではない。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様等)

1  甲第一号証の八ないし一二、一四、一五、一九ないし二二、検甲第一号証、証人寺川光信、同金崎和代、同長尾みや子、同小野たづ子の各証言、検証の結果、弁論の全趣旨によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実の他に次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故の発生場所は、幅員約四・六メートルのほぼ南北に走るコンクリート舗装の県道である(なお、甲第一号証の八(実況見分調書)中の交通事故現場見取図には、右道路がアスファルト舗装である旨の記載があるが、同証の一丁目の「現場道路の状況」の「路面状況」の欄には、コンクリート舗装である旨記載されていること、甲第一号証の九、一〇には右道路はコンクリート舗装である旨記載されていること、検証の結果によると右道路はコンクリート舗装であると認められることから、甲第一号証の八のアスファルト舗装の記載は、誤記であると認める。)。

また、右道路は、南からみて左方向に、道路が逆「く」の字型に曲がつており、原告車両と被告車両との衝突地点は、右屈曲点よりも南側である。

右道路の東側には、民家が連立している。また、右道路の西側には、幅約七・六メートルのコンクリート舗装の空地があり、さらに西側は海となつている。なお、右コンクリート舗装の空地部分は、船揚場として使用されており、道路から海に向かつて、緩やかな下り斜面となつている。

そして、右道路と船揚場部分との境は、コンクリートブロツクで一応区切られ、右ブロツク上に、約二メートル間隔で、鉄製の船舶係留用の鎖留めが右コンクリートブロツクからわずかに顔をのぞかせている。

ただし、道路、コンクリートブロツク、船揚場部分の間に段差及び間隙はなく、同じ材質、色調で舗装されていることもあつて、画然と他と区別することは困難であり、付近の住民も、右船揚場部分を道路と同じようにして自動車を運転することもあつた。

(二) 本件事故当時、右船揚場部分には、船は一艘も陸揚げされていなかつた。

また、本件事故当時、原告車両と被告車両との衝突地点の南側約六メートルの船揚場部分のもっとも道路に沿つた部分には、軽四輪貨物自動車が駐車しており、原告車両と被告車両との見通しは、その限りではわずかに悪かつた。

(三) 原告は、原告車両を運転し、右道路の左端を、時速約一五キロメートルで走行し、その後方を、原告の息子である寺川光信が、原動機付自転車を運転して走行していた。

他方、被告元彦は、右船揚場部分に停止していた被告車両を運転し、右道路をやや南方に向かつたところにある船着き場に行くため、ハンドルを右に切つた状態で、時速約五キロメートルの速度で右道路と直角の方向に後退して、右道路に進入しようとしていた。

そして、自車後方直近に原告車両を認め、直ちに急制動の措置を講じたが及ばず、右道路内に入つた地点で自車後部を原告車両の左ハンドル部に衝突させ、その衝撃で、原告及び原告車両を転倒させた。なお、被告元彦は、被告車両を発進する際には南側の安全を確認したが、その後は南側をほとんど注視しておらず、原告車両が自車後方直近に来るまで、これに気づかなかつた。

(四) 本件事故当時、被告車両は、自動車検査証の有効期間の満了した後であり、かつ、自動車損害賠償責任保険の保険期間の経過した後であつた。

また、原告車両も、自動車損害賠償責任保険の保険期間の経過した後であつた。

2  本件事故直前の原告車両と寺川光信運転の原動機付自転車の順序、原告の挙動、原告車両及び被告車両の各速度、原告車両の進路、原告車両と被告車両との衝突地点につき、証人寺川光信、同金崎和代、同長尾みや子、同小野たづ子の各証言の中には、右認定と異なる部分がある。

しかし、右認定と異なる各部分は、1の冒頭に掲記の各証拠と対比して、信用することができない。

なお、1(一)で認定したとおり、本件事故の発生場所付近においては、道路、コンクリートブロツク、船揚場部分の間には、段差及び間隙はなく、画然と他と区別することは困難であつたのであるから、原告も被告元彦も、自らが運転する車両が道路内にあつたか道路外にあつたかにかかわらず、広く他車の進行を注視し、もつて、交通の安全を確認すべきであつたというべきである。

したがつて、本件においては、原告車両と被告車両との衝突地点が道路内であつたか道路外であつたかは、原告及び被告元彦の過失の内容を評価するに当たつての本質的な問題であるとは考えられない。

3(一)  右認定事実によると、被告元彦の過失は、きわめて重大である。

すなわち、被告元彦は、そもそも被告車両を後退させた状態で道路内に進入して道路上で方向転換すべきではなく、道路外の船揚場部分で方向転換をして、前進右折して道路内に進入すべきであつたのであり、1の(一)及び(二)で認定した事実によると、被告車両が船揚場部分で方向転換することに何の支障もなかつたことは明らかである。

さらに、やむを得ず自動車を後退させる場合には、前進の場合に比べてこれから進むべき方向の見通しが悪いのであるから、より細心の注意を払つて安全を確認すべき義務があることは多言を要さないところ、1(三)で認定したとおり、被告元彦は、安全確認をほとんどしないままに被告車両を漫然と後退させたのであつて、これは、自動車の運転手としては、きわめて初歩的な注意義務の違反というべきである。

(二)  他方、原告も、1(一)で認定した事実によると、道路外も含めた前方を注視する義務があつたのに、これを怠つた過失があるというべきである。

また、甲第一号証の一三、第二号証の一ないし三によると、本件事故による原告の受傷は、脳挫傷、頭頂部骨折、左側頭葉・頭頂葉脳内出血、外傷性てんかん、左第五指末節骨粉砕骨折であることが認められ、原告がヘルメツトをかぶつていなかつたことは当事者間に争いがないところ、前記認定事実によると、右受傷のうち被告車両との衝突によつて直接生じたのは、左第五指末節骨粉砕骨折のみであつて、その余の受傷は、転倒の際に、原告が路面に頭部を打ちつけて生じたものであることを推認することができる。そして、原動機付自転車の運転者は、乗車用ヘルメツトをかぶらないで原動機付自転車を運転してはならないのであつて(道路交通法七一条の四第二項)、原告がヘルメツトをかぶつていなかつたことによつて原告の損害が拡大しているのであるから、この点も原告の過失と評価せざるをえない。

なお、原告の着用していた法衣が、原告の原動機付自転車の運転並びに本件事故直前及び直後の原告の行動の妨げになつたことを認めるに足りる証拠はない。

(三)  そして、右認定の原告及び被告元彦の両過失を対比すると、本件事故に対する過失の割合を、原告が二〇パーセント、被告元彦が八〇パーセントとするのが相当である。

二  争点2(原告の損害額)

争点2に関し、原告は、別表の請求欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、原告の損害として認める。

1  損害

(一) 治療費

(1) 平成三年二月一五日までに発生した分の治療費に関して、原告と被告らとの間で示談が成立したことは当事者間に争いがない。

また、甲第二号証の三によると、原告の傷病に関し、症状固定日を平成四年二月二七日とする後遺障害診断書が発行されていることが認められる。

そして、原告は、この間の平成三年二月一六日から平成四年二月二七日までの治療費を請求する。

(2) 甲第四号証(具体的には、(1)、(4)、(5)、(8)、(10)ないし(16)、(18)ないし(27)、(29)、(33)、(40)、(42)、(44)ないし(70)、(75)、(76)、(78)の各数字の付されているもの。)によると、右期間の治療費金三九万五九七〇円の存在を認めることができ、弁論の全趣旨によると、右治療費はすべて、本件事故と相当因果関係のある損害であるというべきである。

なお、甲第四号証((17))によると、奥井歯科医院の治療費金二四万七二〇〇円の存在を認めることができるが、原告の受傷内容は前記のとおりであり、歯科医における治療と本件事故との間の相当因果関係の主張、立証のない本件においては、右治療費を本件事故による損害と認めることができない。

また、原告は、右合計金額を超えて、治療費として金六四万七三七〇円を請求するが、右認定金額を超えて治療費が発生したことを認めるに足りる証拠はない。

(二) 入院付添費

(1) 原告が次の期間入院していたことは、当事者間に争いがない。

ア 平成二年八月六日から同年一一月二一日まで翠鳳第一病院(一〇八日間)

イ 同月二二日から平成三年三月二〇日まで県立神戸中央病院(一一九日間)

ウ 同年七月二二日から同年一〇月三〇日まで翠鳳第一病院(一〇一日間)

そして、原告は、平成三年七月二九日以降の職業付添人に支払つた実費と、右入院期間合計三二八日間の近親者付添費用を請求する。

ところで、平成三年二月一五日までに発生した損害の一部に関して、原告と被告らとの間で示談が成立したことは当事者間に争いがなく、甲第三号証の一及び二によると、右示談は休業補償、慰謝料を除いてされたことが認められるから、同日までの近親者付添費用は、被告らが指摘するように、請求額から控除されるべきものである。

(2) 職業付添人費用

甲第四号証(具体的には、(28)、(30)、(31)、(34)ないし(36)、(39)、(41)、(43)の各数字の付されているもの)によると、平成三年七月二九日から同年一〇月三一日までのうち八二日間職業付添人がついたこと、右費用が合計金八九万一六四〇円であつたことが認められる。

そして、前記認定の原告の傷害の部位、程度によると、右職業付添人費用は、本件事故と相当因果関係のある損害であるというべきである。

なお、前記のとおり、翠鳳第一病院への入院期間が平成三年一〇月三〇日までであることは当事者間に争いがないが、弁論の全趣旨により、同月三一日の分の職業付添人費用も、本件事故による損害と認めた。

(3) 近親者付添人費用

前記認定の原告の傷害の部位、程度によると、職業付添人がつけられていた期間も含め、近親者の付添も必要かつ相当なものであつたというべきである。

そして、前記のとおり、平成三年二月一六日以降の一三四日間にわたつて、近親者の付添費用を損害として請求することができると解すべきであり、右付添費用は一日当たり金四五〇〇円とするのが相当であるから、近親者付添費用は、次の計算式により、金六〇万三〇〇〇円である。

計算式 4,500×134=603,000

(4) 小計

(2)及び(3)の合計は、金一四九万四六四〇円である。

(三) 通院付添費

原告が、平成三年三月二一日から同年七月二一日まで、及び、同年一一月一日から平成四年二月二〇日まで、翠鳳第一病院に通院していたことは当事者間に争いがなく、証人寺川美智子の証言、弁論の全趣旨によると、右期間の通院日数は、原告主張の二九日間であつたことが認められる。

そして、前記認定の原告の傷害の部位、程度によると、原告の通院に当たつても、近親者の付添も必要かつ相当なものであつたというべきであり、右付添費用は一日当たり金二五〇〇円とするのが相当であるから、通院付添費は、次の計算式により、金七万二五〇〇円である。

計算式 2,500×29=72,500

(四) 入院雑費

入院雑費も、入院付添費の近親者付添費用((二)(3))で判示したのと同様、平成三年二月一六日以降の一三四日間にわたつて、請求することができるとするのが相当である。

そして、入院雑費は、一日当たり金一三〇〇円の割合で認めるのが相当であるから、次の計算式により、金一七万四二〇〇円である。

計算式 1,300×134=174,200

(五) 通院交通費等

証人寺川美智子の証言、弁論の全趣旨によると、平成三年四月分から平成四年二月分までの通院交通費等として、原告主張の金一五万五五七六円を要したことが認められる(詳細は、原告の平成五年六月二二日付準備書面添付の「別添3」の部分のうち、右期間に対応する部分から、平成三年一〇月分のタクシー代二ロを除いたもの。)。

(六) 器具購入費

原告の主張する右器具の具体的形状等については、何の主張・立証もなく、結局、購入の必要性・相当性を認めるに足りる証拠がない(なお、曲録椅子、診断書については、右費用を要した領収書等の証拠もない。)。

(七) 医師等への謝礼

原告主張の医師等への謝礼は、医療行為に対する対価ではなく、原告の医師等に対する感謝のあらわれであつて、支払うか否か及びその金額が原告の任意に委ねられていること、右謝礼の中には、県立淡路病院、公立の診療所の医師に対するものも含まれていること等に鑑みると、本件事故との間の相当因果関係を認めることはできない。

(八) 休業損害及び逸失利益

(1) 甲第一号証の一三、第二号証の一ないし三、第一九号証、証人寺川光信、同寺川美智子の各証言、弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故後、淡路島まで船で運ばれた上、翠鳳第一病院に救急搬入されたこと、右病院では、平成二年八月九日及び同月三〇日の二度にわたつて、開頭血腫除去術が試行されたこと、右手術にもかかわらず、原告にはCT検査において、左側頭・頭頂葉に低吸収域がみられ、首の部分から足先までの部分の右半身に、知覚・運動障害が残り、これに加えて言語障害も残つたこと、原告の右後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表一級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)におおむね該当すること、原告の労働能力は完全に喪失したこと、後遺障害診断書(甲第二号証の三)による症状固定日である平成四年二月二七日は、単にその旨の診断がなされた日という以上の特別の意味はないことが認められる。

そして、このように、事故直後から労働能力が完全に喪失し、長期間の治療によつても労働能力が回復する見込みが全くなく、引き続いて長期にわたつて後遺障害による逸失利益の発生する場合には、労働能力を喪失したことによつて生じた損害のうち、症状固定日以前の損害を休業損害、症状固定日よりも後の損害を後遺障害による逸失利益と区別する根拠は全くないというべきであつて、労働能力を喪失したことによつて生じた損害を一括して、すべて中間利息を控除して事故の日の現価を求め、これに遅延損害金を付するのが相当である。

(2) 甲第一五号証の一ないし四、第一八号証の三及び四、第二七号証の一、乙第七号証の一及び二、証人寺川光信、同寺川美智子の各証言、弁論の全趣旨によると、本件事故当時、原告は、宗教法人である西光寺の住職を勤めるとともに、社会福祉法人西光寺和順会の営む「ぬしま保育園」の園長でもあつたこと、原告は、兵庫県三原郡南淡町から沼島公民館長の職も委嘱されていたこと、西光寺の住職は原告一人だけのこともあつて、本来は、西光寺へのお布施等は宗教法人の収入であり、西光寺から住職である原告に給与が支払われるべきところ、西光寺ではこれを区別する経理処理をしていなかつたこと、本件事故前の平成元年の西光寺の年間収入は金六六二万二四〇〇円であつたこと、原告は、社会福祉法人西光寺和順会からは、平成元年には、年間金三四六万八一二二円の給与収入を得ていたこと、南淡町からは、平成元年には、年間金三六万円の報酬を得ていたこと、沼島公民館長の職は定年はなく、任期を二年間とする委嘱であること、原告は、本件事故のため、平成三年四月までで沼島公民館長の職を辞したことが認められる。

そして、これらによると、本件事故により、原告は、西光寺から給与収入(原告の寄与分を五割として、年間金三三一万一二〇〇円とするのが相当である。)。社会福祉法人西光寺和順会からの給与収入(年間三四六万八一二二円)、沼島公民館長の報酬(年間金三六万円)の合計に相当する年間金七一三万九三二二円を、本件事故時から就労可能年数七年間にわたつて喪失したものとして、休業損害及び後遺障害による逸失利益を算定するのが相当である。

そして、本件事故時における現価を求めるため、中間利息の控除につき新ホフマン方式によると(七年間の新ホフマン係数は五・八七四三)、休業損害及び後遺障害による逸失利益は、次の計算式により、金四一九三万八五一九円である。

計算式 7,139,322×5.8743=41,938,519

(九) 慰謝料

前記認定の本件事故の態様、当事者間に争いのない原告の入通院期間、前記認定の原告の傷害の部位、程度、後遺障害の内容等、本件に現れた一切の事情を斟酌すると、本件事故により原告に生じた精神的損害を慰謝するには、金二四〇〇万円(うち後遺障害に対応する分は金二一〇〇万円)をもつてするのが相当である。

(一〇) 小計

(一)ないし(九)の合計は、金六八二三万一四〇五円である。

2  過失相殺

争点1に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する原告の過失の割合を二〇パーセントとするのが相当である。

したがつて、右割合を過失相殺として原告の損害から控除すると、次の計算式により、金五四五八万五一二四円となる。

計算式 68,231,405×(1-0.2)=54,585,124

3  損害の填補

被告らは、本件事故による原告の損害に対し、被告らが合計金二七二万六〇八四円を支払つたから、この金額が原告の損害から控除されるべきである旨、及び、被告らは原告の治療費の一部を負担した旨を主張する。

しかし、平成三年二月一五日までに発生した損害の一部に関して、原告と被告らとの間で示談が成立したことは当事者間に争いがなく、甲第三号証の一及び二、乙第一ないし第五号証、第八ないし第一〇号証の各一及び二によると、右金員は右示談に基づいて支払われたことが認められ、かつ、右認定の原告の損害は右示談にかかるものを含んでいないから、被告らの主張を採用することはできない。

4  弁護士費用

原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告らが負担すべき弁護士費用を金五〇〇万円とするのが相当である。

第四結論

よつて、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し(遅延損害金は原告の主張による。)、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例